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■第一章
〜トレゾアの夜明け〜
■第二章
〜葛藤〜
■第三章
〜嬢の恋ゴコロ〜
■第四章
〜疑い〜
■第五章
〜イベント〜
■第六章
〜接吻〜
■第七章
〜常套句〜
■第八章
〜バースデー 上〜
〜バースデー 中〜
〜バースデー 下〜
■第九章
〜一周年 T〜
〜一周年 U〜
〜一周年 V〜
■第十章
〜潮時T〜
〜潮時U〜
〜潮時V〜
〜潮時W〜
〜潮時X〜
■第十一章
〜回想T・里菜〜
〜回想U・茉莉〜
〜回想V・琴璃〜
■第十二章
〜危機T〜
〜危機U〜
〜危機V〜
〜危機W〜
〜危機X〜
■第十三章
〜選択T〜
〜選択U〜
〜選択V〜
〜選択W〜

最終章

あとがき

■「NOVEL TRESOR」
ご感想・登場させたい人物など書き込みお待ちしております。今後の参考にさせて頂きます。
TRESOR掲示板

■TRESOR作者宛メール
tresor@on-sta.com

■TRESOR公式サイト
www.on-sta.com/tresor/

第一章〜トレゾアの夜明け〜
 「もっと一緒に居たいの…ねぇいまから…」
紅を引いたように赤い唇がついさっき直したばかりの ( つや ) やかな唇を包み、言葉を ( さえぎ ) る。台詞の主は、切な気に ( まぶた ) を閉じて、崩れ落ちそうな身を目の前の広い胸に預けた。

エレベーターの扉が開くと、夢から現実へと急に引き戻されるような ( まぶ ) しさ…
…しばしの別れを ( ) しむ恋人たちのように、男と女が抱き合う風景。新宿、歌舞伎町の朝はこんなふうにして始まる。

正しくは、「夜が終わる」になるのかもしれない。もっとも、眠らない街と称されるこの街に、いつからが朝で、またいつからが夜なのか、などといったことは無意味な定義付けなのだろうが。

「ねぇ、私の事、ホントに愛してる?こんなふうにキスするの、私だけだよね?」
「当たり前だろ、恥ずかしいこと聞くなよ、な。じゃ、おやすみ。」
タクシーを見送ると男はエレベーターに乗り込み、元いた場所へ戻る。

薄オレンジ色に点灯している最上階のボタンを ( にら ) み付ける様に見つめ、
「あと一往復…」
くっ、と親指で唇を拭うと、絹のように細く柔らかな髪を ( ) き上げながら ( つぶや ) いた。

椿 茉莉 ( つばきまつり ) 。ホストである。つい半年程前までは車を売っていた、いわゆる「普通の仕事の人」だった。
彼がこの仕事に入ったきっかけは、現在彼が勤めるホストクラブのナンバーワンの「スカウト」。

たまたま訪れた茉莉の働く店で、彼に惚れ込み、自分の店で働かないかと熱心に勧めていた。
それもそのはず。茉莉は、一介の営業販売員にしておくには、惜しいほどの 風貌 ( ふうぼう ) の持ち主なのだ。

均整のとれた長身に、透けるような白い肌、大きく、しかし ( ) びたような ( いや ) らしさはなく、むしろ 清楚 ( せいそ ) な二重の ( まぶた ) と、軽く筋の通った鼻に、紅く下唇に 色香 ( いろか ) ( ただよ ) う唇。なにより、およそ女性的な形容詞で ( くく ) っても、そこに間違いなく存在する野性的な雰囲気……

いかにホストが稼げるかを熱烈にアピールしてとうとう半年、やっとの思いで茉莉を口説き落としたのである。

そして現在、在籍150名余の中でも、5指に入る戦力となっていた。
その目に狂いはなかったようである。

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最上階に着くと、シャンパンブルーの壁一面に、薄い水槽状の大きなパネル。水槽の中では 綺麗 ( きれい ) にカットされた小さなクリスタルの粒が、ポンプの泡と踊っている。

そこに浮かぶように、乳白色の筆記体で「TRESOR」と掲げてあり、文字は後ろから蒼くライトアップされている。

そこから右に折れ、硝子の扉を開けると、 仄暗 ( ほのぐら ) い店内。夜景を ( のぞ ) めるガラス張りのウェイティングバーが目に飛び込んできた。
ここが茉莉の働くホストクラブ、「トレゾア」。

メインフロアといえる半地下、エントランスとウェイティングバーのある一階、少しゆったりめの中ニ階、そして個室の用意されたニ階と四つのフロアからなる店内は、淡いパール調の 緑碧 ( みどりあお ) の壁を基調に、シンプルかつ優美に装飾されている。

エントランスと同じ水槽の 手摺 ( てすり ) とアイスブルーのライトが幻想的な通路、濃い灰色のソファに合わせた、低めのテーブルは半透明の黒い硝子製、天井の透明感のあるドレープが淡くブルーに照らされ、さながら海底から水面を ( あお ) ぐような気分にさせる……

「茉莉ぃ〜っ!」
そんなゆったりとした時間を切り裂くように、奥のほうからヒステリックに茉莉を呼ぶ声が、フロア中に響き渡った。

彼の本日ラストのテーブルからだ。
「ねぇ、最近調子のってない?なんにも知らないと思ってる?」
そう言って彼女が差し出した携帯電話には、メールのような文章が表示されていた。

--茉莉あたしの友達と住んでる。キャバだから時間合わないけど、毎日帰って来るって。
--私は本命。
--彼氏の営業どこまで許せる。
--ダァ淋しいよぅ・・・バカ。
--質問に答えるスレ!ホスト偏。
--茉莉あたしの友達と住んでる。キャバだから時間合わないけど、毎日帰って来るって。
--自分の彼氏の客に一言言う。
--マツリクンアイシテル。ずっとキスして、抱き合っていたいよ。信じてるから…
--だからあの人アフターしないんだね。どこの店?
--それは言えない。でも有名なコではないよ。
--セントラルのドンキで、お揃いのパジャマ買ってた女は?
--↑は色。

「ああ…」
掲示板、である。ホストクラブをターゲットにした、信頼性のない噂話で盛り上がる異質なサイトの一種だ。

書かれていることの ( ほとん ) どが、ひやかしや、同業者による嫌がらせなのだが、匿名性が高いせいか、面白いようにネタが広がってゆく。全く、ホストにとっては迷惑な話である。

「最近また書かれてるのは知ってるよ。でも、みんな嘘だよ。信じろって、ね?」
「でもこの書き込み、なんかホントっぽいもん。だってアフターしてくれないじゃんか、もういいよ。」

茉莉は最近このサイトのお陰で、詰め寄られる羽目になっていて、もうはっきりいってうんざりしている。
同棲など全くの嘘である。茉莉は確かにアフターを滅多にしない。が、それには理由があるのだ。

「アフターしないのはおふくろの病院行ってるからだって、いつも言ってるだろ。」
これは事実である。病院ゆえに携帯が繋がらないことが、噂に拍車をかけているのだろう。
「それにみんなに同じコトしてるんじゃん。ばか。」
「何回言わせんだよ?おんなじことしてても、気持ちがあるかないかなの。仕事なんだから仕方ないだろ…」

「あたしに仕事してるのかもしれないじゃん。もうこういうの疲れたんだ。やめよ?」
…このパターンで茉莉の指名客は激減。しかも残っているのは月に一度来るか来ないかのいわゆる「 極細 ( ごくぼそ ) 」である。色恋で引いていてある程度の売り上げになるのは、もうこの女性を含め、片手でお釣がくる。

ホストサイトの噂も、今まで何度かはそれでも切り抜けて来た。しかし、 ( いと ) しい男の噂だ、 度重 ( たびかさな ) なると女の方も ( こた ) えるのだろう。

離れていった指名客の殆どは、茉莉が売れ出したここ2〜3ヶ月の客だ。「枕」つまりSEXをしない色恋では、このくらいの期間で女の方が見切りをつける。サイトがそれを助長するのだ。

「じゃあねっ」
茉莉の手を振り解き、ひとりでエレベーターに駆け込んで、また一人、離れていった。

こうなると電話も着信拒否、こちらの言い分を聞いてもらう余地もない。
「っんだよ、どうせまたどっかのホストにハマるくせに…俺の代わりは ( いくら ) らでも居るって事かよ!っくしょうっ…」

茉莉は閉ざされたエレベーターの扉を強く、蹴り飛ばした…


第二章へ続く
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