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■第一章
〜トレゾアの夜明け〜
■第二章
〜葛藤〜
■第三章
〜嬢の恋ゴコロ〜
■第四章
〜疑い〜
■第五章
〜イベント〜
■第六章
〜接吻〜
■第七章
〜常套句〜
■第八章
〜バースデー 上〜
〜バースデー 中〜
〜バースデー 下〜
■第九章
〜一周年 T〜
〜一周年 U〜
〜一周年 V〜
■第十章
〜潮時T〜
〜潮時U〜
〜潮時V〜
〜潮時W〜
〜潮時X〜
■第十一章
〜回想T・里菜〜
〜回想U・茉莉〜
〜回想V・琴璃〜
■第十二章
〜危機T〜
〜危機U〜
〜危機V〜
〜危機W〜
〜危機X〜
■第十三章
〜選択T〜
〜選択U〜
〜選択V〜
〜選択W〜

最終章

あとがき

■「NOVEL TRESOR」
ご感想・登場させたい人物など書き込みお待ちしております。今後の参考にさせて頂きます。
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www.on-sta.com/tresor/

第十章『潮時』

私…潮時なのかな…
喉を詰まらせるような小さな声で茉莉にそう、もらしたのは琴璃であった。
「琴璃さん、待ってください…落ち着いて…」

茉莉は、約一週間ぶりに敦司の店に来ていた。
敦司の店、『Noir』が開店して、一ヶ月と数日が経っていた。
オープンの折には混雑を思慮して同業者の来店を差し控えてもらったため、歌舞伎町始まって以来なのではないかという程の立ち花が並んだ。
店が区役所通りの最果にあるのにも関わらず、店の入ったビルの前からトレゾアの前を通り越し、さらに靖国通りまで届くという、通り一列にぎっしりの状態だったのだ。
名だたる著名人の名前がずらりと揃い、そして有名な同業ホストたちの名前も ( そろ ) い踏みしていた。
[a:∫]のロミオ、AIRの桐嶋 直也、Diosの零士…
敦司の付き合いの広さがうかがえる。

オープンから一ヶ月間はほぼ毎日手伝いに来ていた茉莉も、最近はトレゾアに戻り、いつもの生活に戻っていた。
先月はというと、本当に鬼のような忙しさで、それもそのはず、トレゾアの8割9割を自分の指名で埋める事が出来る敦司の出した店は、トレゾアのメインフロアの半分ほどで、いわゆる中箱ほどの広さしかそなえていなかったのである。
入れ替え制のような状態での接客は、茉莉にとって初めての経験であった。
そしてそんな怒涛のような一ヶ月が過ぎ、落ち着きを見せ始めたこの店に茉莉がいるのは、「今日は琴璃が来るから」と敦司から呼ばれてのことだった。


「私ね、ほんとはちょっと期待してたの。敦司が…変わってくれるんじゃないかって。」
ぽつぽつと、琴璃が語りだした。
茉莉は、いつも落ち着いた印象を持って琴璃を見ていたのでかなり戸惑ったが、だまって聞くことにした。
「私と敦司、もうすぐ知り合って、というか付き合って4年になるの。でもね、してないの。」
琴璃は、空になったグラスの氷を指でくるくると廻しながら、言葉の最後のほうを小さくして、 ( うつむ ) いた。
「え?」
茉莉が聞きなおす。
「だから、してないの、エッチ。…してくれないの。」
面食らっている茉莉に、琴璃が照れをごまかすように、開き直ったように、続けた。
「付き合ってすぐマクラだって噂きいて…だからほかの子としてる彼とはなんとなく嫌で、ちょっと意地張って拒んだらそれからはもう誘ってくれなくて…」
( せき ) を切ったように話し続ける琴璃に、茉莉はただ、うん、うん、と頷くだけだった。
「それにね、前に六本木で茉莉くんと会ったでしょ、あの日以来、ぜんぜん外で逢ってないの。トレゾアのラストと、ここだけ。」
「そうだったんですか…」
「だけど新しいお店になってからはよく呼ばれるようになって、でも他の子ばかりかまって、私は文句言わないと思っていつも後回し。乾杯すらしないで終わった日もあったわよね。」
茉莉は、見方を誤っていたのかもしれないな、と思った。
彼女を、琴璃を敦司の本命だと思っていたからである。
敦司は、「一番いいと思ったやつを最後に選べばいい」以前そう言っていたが、茉莉の目から見て、一番しっくりいくというか、敦司が馴れている感じに見えていたのが琴璃だったのである。
しかしかれこれ半年もの間、プライベートを共有せずにいる恋人同士など、ありはしないだろうと思ったのである。
ましてやセックスなしの関係など…付き合っているなどと言っていいのだろうか。
実際、あの日、琴璃と初めてあった日に里菜と再会して以来、二人は寝食を共にしている。つまり同棲しているのだ。
ホストという職業は恋人をとかく不安にさせがちな仕事だ。それだけに、その不安を取り去るためにも、時間を出来る限り共有するのが最良とされている。
そんな通説もあるほどなのに、琴璃と敦司は半年もの間、肌を重ねないどころか、食事さえ一緒にしていないというのである。
琴璃の席によくヘルプで着いていた茉莉には、敦司が殆ど着かないことも、プライベートな信頼関係の上での暗黙の了解みたいなものだと、思っていたのに、である。
ありえない、と茉莉は思った。
「でもね…」
考想の中にいた茉莉を、琴璃の声が引き戻す。
「それもこれも敦司が一生懸命仕事頑張ってるからだ、って思いたかったの。」
「お店出来たら、こんどこそ、待たせたな、って言ってくれると思ってたの。」
琴璃の大きな瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「一ヶ月経って、もう落ち着いたはずなのに、あたしは相変わらずクリスタル並べ続けてる。」



Diosでの光景と見まごうばかりの高級酒がテーブルの前のワゴンに並んでいる。
琴璃が、その 虚栄 ( きょえい ) のオブジェをぼうっと眺めながら溜息をついた。
「琴璃さん…」
茉莉が呼ぶと、琴璃は涙をハンカチで押さえ、姿勢を正した。
「私の仕事、知らないよね、水商売だと思ってるでしょ、違うのよ。」
おもむろに、茉莉の目を見て訝しげに微笑い、言った。
「来日した各国のお偉いさん相手よ。相手によるけど、パーティーの時間からお休みになるまでで7桁もらえる高級娼婦。…セックスに高級もなにもありはしないのにね。」
「知りませんでした…」
琴璃が、体を売っていたことも驚きだったが、そんな仕事があるという事実のほうが、衝撃的だった。
7桁…一晩で百万単位の金が動くのだ。
「でもお金がどんなに高くたって、好きでもない男と寝るのは女にとって最大の苦痛なのよ。」
「そうですね…」
里菜の一件で、それは十二分に理解っているつもりだ。
「あの人は、私をいつまでもそうさせておいても、平気なのよ。」
「そんなこと…」
ないですよ、と言ってはみたものの、ホスト茉莉としては、いささか言葉尻を濁さざるを得ない気分だった。
「いろんな節目の度に、敦司がピリオドを打ってくれるんじゃないかって、期待しては、落ち込んで、でも離れられなくって、ここまできたのよ。でももう無理。」
大粒の涙が、とめどなくこぼれおちる。
「敦司にこんなとこ見られたくないから、帰るね。」
携帯を手に取り、琴璃は敦司に電話をかけた。
「忙しそうだから、帰るね、うん、そう、うん。わかった。じゃあね。」
短い会話で、琴璃の帰宅が承諾されたようだった。
「茉莉に送らせる、って。茉莉くん、いつもごめんね、ありがとう。」
琴璃が敦司の送り出しなしで帰るときは、いつも茉莉がマンションまで送り届けるのである。
そのことも、いつもは敦司の「特別」だからなのだと思っていたのだが・・・。
第十章 Uへ続く
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