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第十一章『回想』U・茉莉 |
「…そうですか。」
茉莉は小さく一礼して、一歩、後ずさった。
黒く、厚い扉が、暗い音を立てて閉ざされた。
もう鍵穴にささらない鍵を握り締め、茉莉は暫くその場を動けなかった。
かつて、里菜が住んでいた部屋には、別の生活の匂いがした…
10月。前月のバースデーイベントに来店してもらった同業者へのお礼廻りや、女性客のアフターフォローに追われていた茉莉。
行動のきっかけは、何気ないものだった。
ふと、忙しさに息をついたとき無意識に里菜の番号に電話をかけたのが数時間前。
しかし、それは解約されていた。
茉莉はいきなり心にぽっかりと穴が開いたのを感じた。
焦燥感に駆られ、里菜が勤めていたソープ、ヘルス、と電話をかけたが、時既に遅くいずれも退店したとの返答が返ってくるばかりだった。
そして里菜の部屋に、正確には里菜の部屋だった部屋、に、足を運んだのだ。だが、この始末であった。
ほんの一ヶ月ほどのあいだに、茉莉は里菜を見失ってしまった。
「あいつ…」
茉莉は愛車を運転しながらも、言いようのない後悔が目眩を伴うほどに頭の中で膨らむのを感じた。
…俺、間違ってたのかな…あいつはこんなことでは離れないって、タカを括ってた…
…なんだかんだ言っても電話したら、やほ、とか返事するもんだと思ってた。
タカを括る…?それは、どんな関係だ?さよならなんて手紙まで貰っといて、俺は何の余裕でそんな悠長に構えていたんだ?
結局売り上げ立ててくれたから?そうか、それだ!
てゆうか、あいつの手紙、俺のこと好きって書いてたよな…
じゃあ何でさよならなんだよ…意味理解んねえよ、好き、ってなんだよ?
…好きって、なんだろう…
自問自答の迷宮に入り込み、茉莉は更に混乱せざるを得なかった。
朧げな記憶でしかない、里菜からの手紙の内容を必死に頭の中で検索した。
きちんと思い出せずいてもたってもいられなくなり、茉莉はアクセルを踏む脚に力を込めて、自室のあるマンションへと急いだ。
それは、何度も読み返してしまうような、頬の奥端がきりりと痛むような、切実なラブレターだった。
貰った当日はもちろん驚きはしたが、忙しさに酔いが重なってか細部を理解してはいなかったと今、把握した。
途端に、かつての恋人、法子と別れた時期の、恋に落ちるのはもうたくさんだと歯をくいしばった記憶が甦る。
恋人と呼ぶ存在の、ただ空気のような、存在感のない、実体の見えない安らぎ。
茉莉はその場所を失ったときの静かで重たい衝撃を、今また確かに感じている自分を悟っていた。
ホストをしている限りは誰も好きにならないであろうと、なるまいと、そう、してきた自分が崩れ行く様を。
実際、自分がなんとも思っていない相手からこのテの手紙を貰ったとすれば、ホストとしてはストーカーにでも遭いそうな、そういう嫌な気分になってもおかしくはないのだ。
茉莉は、そんな内容の手紙を穴が開くほど読み返す自分に、嘲笑いが込み上げてきた。
「あは、は。恋愛売ってて、自分の気持ちに気付かないなんて…馬鹿すぎ、俺。」
「そう、お前は馬鹿!」
え!?
突然良く見知った顔と声で、からかうように笑われた。
白鳥 仁さん?歌舞伎町DeVILの!? なんで俺の部屋に!?
「ほんっとに馬鹿だなぁ、お前」
敦司さんまで!
「しかも俺の女寝取りやがんだぜ、こいつ」
え!? いや、そんなつもりは…
「ひどい、茉莉くん、お金になると思ってわたしを抱いたのね…」
琴璃さん!? 誤解です!そんな…
タオルケットに包まった裸の琴璃まで現れ、次々と顔見知りに非難される茉莉であったが、いまはそれどころではないし、ましてやまだ琴璃とは知り合っていないし抱いてもいない、そう思った。
「あの、でも俺、里菜を探さなきゃいけないんで」
「さとなはディオスで遊んでるから探さなくっていーよん、ねー」
「ねー」 突然あたりがきらびやかになり、ディオスの店内ではしゃぐ里菜とホストたちが現れた。
なんだ?なんなんだ?やめろ、里菜に触るなってば…
茉莉が苦し紛れに首を振り、はたと気付くと目の前で里菜が眠っていた。
夢、かぁ…
「よかった」
小さくそう呟いて、里菜の髪をそっと撫でると、茉利はまた、瞼を閉じた。
続く
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