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第十一章『回想』V・琴璃 |
歌舞伎町から遠く離れた町に、琴璃はいた。
マンションの鍵を替えて数日後に部屋を引き払い、生まれた土地に戻ったのだ。
ファーストフード店やパチスロ屋など、国道沿いの大型店舗が田舎を物語っているここには都会のようなネオンがない。
店も人口も少ないから、わざわざ光らせずとも、どこで誰が何の商売を営んでいるのかを、皆知っているのだ。集客の絶対数もおおよそ決まっていて、夜11時を過ぎれば出歩く者のない町で、ネオンサインなどに経費をかけることがいかに無駄なことかも、知っている。だからない。
そんな町で生まれ育った琴璃が東京に憧れたのは必然といえば必然であった…
東大に合格できたら上京、という条件で猛反対の両親を説得した琴璃はみごと合格。勉学に勤しむ傍らでアルバイトをしていた。
社会勉強のつもりだった。
そこは、いわゆる選挙事務所で、事務希望で応募したのだったが、美人で見栄えのする琴璃はPR要員として、いろいろな集まりの都度、列席する羽目になった。
でしゃばらず、控えめでにこやかな態度がウケて、選挙が近づくと、宣伝カーの助手席が琴璃の仕事場になった。
琴璃的には、内向的な性格を愛想笑いで誤魔化していただけだったのだが。
その内向的な性格を、実際のところは見抜かれていたのかもしれない。
琴璃は、ある夜、「政治の道具」にされたのである。非道い話だが、18歳の世間知らずの、美しいが故の、不幸であった。
琴璃はある晩餐会の途中からの記憶が曖昧で、振動で我に返ると自分がセックスをしていた。
信じられない光景であった。
その上、体がうまく言うことをきかず、意識がはっきりしているのにもかかわらず殆ど無抵抗でその行為を受け入れるしかなかった。
見渡すと、そこは豪奢なホテルの一室であった。
そして相手は「応援する会」の会長であった。
おそらく何かの薬で眠らされていたのだろう。
行為はあっけなかったが、琴璃にとっては今までのどんな時間よりも長く感じた。
…初体験、であった。
会長が部屋を出た後、琴璃が呆然としていると見知った男がやってきた。選挙事務所の人間であった。
そしてまた、琴璃は悪夢を見た。
小さなビデオカメラの液晶画面には会長ではない人物と、自分が映っていた。
今、いるのと同じ部屋の、同じベッドで琴璃は男性器を口に咥え、脚をMの字に広げ、別の男性がその脚の間に顔を埋めていた。
無意識のときに撮られていたのだ。
口封じ用であることはすぐに理解った。
「これは極秘任務ですからね。あなたの処女、高く値がつきましたよ。今どき、巷じゃ小学生の処女の相場でも2〜30がいいとこでしょ。先生にお礼言ってくださいね。またよろしく。」
そういって男は帯のついた一万円札を一束、ベッドのサイドテーブルに置き、出て行った。
涙が止まらなかった。
シャワールームまで弱々しく足を運びやっとの思いでたどり着き水栓を回すと勢いよくシャワーが出た。
水温はやや熱かったがかえってそれが気付けになった。
体の感覚を取り戻したと同時に、至る所に残るおぞましい行為の感触も沸きあがってきた。
途端に、震えが治まらなくなった。
少し整理がついた脳が、事の重大さに恐れたのであろう。
またよろしく、その言葉が何度も繰り返し頭の中で響いていた。
そうして、琴璃は誰にも助けを求めることが出来ぬまま、「極秘任務」を遂行し続けた。
恐ろしいことに、その生活にも割とすぐ慣れることが出来た。
なにより、通帳に記載され増え続ける数字が、割り切りを助長していた。
そんな事情を除けば、キャンパスライフは特に問題なく、順調であった。
特に繁華街へ繰り出す合コンのようなサークル活動は、とても楽しかった。
その日は新宿での活動だった。
いつもならば渋谷か六本木なのだが、新しく出来た店がメディアで話題になっていたので、そこにすることにしたのだ。
処が変わって周囲のノリが違うせいか、男たちが少し羽目を外し過ぎていたので、居心地の悪くなった琴璃はお手洗い、と言って席を外す振りで荷物をすべて持って外へ出た。
その数時間後、敦司と出会うことなど勿論知る由もなかった…
「あの日、歌舞伎町なんか行かなきゃ…ううん、選挙事務所のバイトなんかしなきゃ…いいえ、ああ…東京にさえ行かなかったら、私、何か違っていたのかしらね…」
琴璃はそんなことを呟きながら、ベランダから星を眺めていた。
見渡す限りの田園は草陰の水面に空を映し、天と地の境目をすっかり消していた。
月明かりと星の瞬きだけが、琴璃を、見ていた。
第十一章終り
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