第十二章『危機』U |
翔太朗が
沈黙
を破り、話し出した。
「でもウチのは箱じゃなかった。」
ごく普通のランプシェードだった、と続けた。照明器具であるため、コンセントに
繋
がれるもの、ということは共通していた。
「もうひとりの方は、なんだったんです?」
茉莉が
訊
くと敦司が話し出した。
「そいつのは店に置いてかれたんだと。でかいドライヤーでな、店のやつ誰に訊いても自分のじゃないって言うから忘れ物だと思って置いといたらしいんだがな、お客で心当たりあるってやつも出てこないしってんで従業員用で使うことになったんだと。そしてなんかの
拍子
に落としたら、壊れてガキが産まれたってわけよ。お前ん家と一緒。」
形態
はみな異なっていたが、いずれも落としたり、ぶつけたりで壊れて内部が明らかになったようだ。おそらく市販品に手を加えたため、一度
剥離
した接合面の接着が弱かったのだろう。
入手経路は、狙われた三人の共通点は、など話し合いは続いたが、三人はただホスト、というだけで知り合いでもなければプレゼントを持ってきた指名客も違っていた。
ドライヤーの主は不明だが、茉莉と翔太朗に関しては名前も
風貌
も別人であった。
「どっかで売ってるのかも、敦司さん、パソコン貸して」
里菜が立ち上がった。
「ん?ああ、いいよ、こっち」
そう言うと敦司は
廊下
に向かって歩き出した。里菜が後に続き、案内されたのは
寝室
であった。
敦司はキャスターのついたガラスのサイドテーブルを指し、
常時
接続だから適当にやってて、とリビングに戻っていった。テーブルにはノートパソコンが置かれていた。
「はぁーい、っと」
生返事で敦司を見送ると里菜はベッドに腰掛けてパソコンに向かい、インターネットエクスプローラーを開いた。
「とうちょうき、っと。違うなぁ、多いよぅ。じゃぁ携帯電話型も付け足そう。けいたい…」
ぶつぶつ言いながら、色々なキーワードを組み合わせては目的のホームページがないか、ウェブ内を
検索
する里菜であったが、似たようなものがあるにもかかわらず全く同じものがなかなか見つからず、途中で見つけたマニアが集う掲示板に質問を書き込んだ。
「さて、ちょっとしたらまた
覗
こうっと」
リビングに戻ろうと廊下に出ると男たちは仕事の話で熱を上げているようだった。里菜は寝室に戻り敦司のベッドにごろり、と横たわった。
と、その
振動
でベッドのサイドボードから何かが転がり落ちた。
慌
てて里菜がそれを追うと、それはベッドの下に転がっていった。落としたものはボールペンであった。が、ペンを
捉
えた視線の先に別の落し物を見つけた。小さな、黒っぽい
塊
であった。
「敦司さんもクツシタ片っぽとかやっちゃうんだぁ」
「クツシタ片っぽ」とはつまり脱ぎ散らかしたまま片足分をなくしてしまって、洗濯の後で一組にならなずタンスで眠る靴下のことを指すのだが、茉莉がこれをよくやって、あとで里菜が探すのである。そしてそれは大抵ベッドや、家具の
隙間
からみつかるのであった。脱いだままの、団子のように丸まった塊となって。
ところが、里菜が手を伸ばして
掴
んだそれは、想像と全く違って
硬質
であった。見ると、それは靴下などではなく黒いベルベット調のジュエリーボックスであった。
「ほぇ…」
敦司のシルバーアクセの空箱と思いつつ、なんとはなしに開けた中には、1cm以上あろうかという大粒の石が据えられた
豪奢
な指輪が
鎮座
していたのだ。里菜が奇妙な声をあげたのも、無理はない。それは、どう見てもダイヤモンドの、エンゲージリングであった。
敦司も人の子、そういう相手がいるんだなぁ、と里菜はくすぐったい気持ちになった。
そっと、おそるおそる台座から指輪を持ち上げるとリングの裏に
刻印
があった。
「T…、O、M、O、K、A、K!? ともかきたむらって、琴璃さんじゃん!それじゃ敦司さん…」
心臓が飛び出しそうな展開に里菜の頭はついていけずにぐるぐると混乱するばかりだったが、それでも必死に整理した。
琴璃は、数ヶ月前に里菜の、いや敦司の前から姿を消したのだ。
それも茉莉の胸で全てを告白し、そして失意の中、歌舞伎町を去ったのである。
その琴璃の本名が記された指輪がここにあるということは…すれ違い、ということか。
そんな簡単なこともようやく
理解
るに至るというほど、里菜は驚いていた。
「なんか判った?」
突然廊下から声がしたので里菜は
慌
ててジュエリーボックスに指輪を戻し、座っていたベッドと自分の尻の
隙間
にそれを押し込み隠した。
間一髪で敦司が寝室に戻って、パソコンの画面を横から覗き込んだ。
「あっ、更新忘れてた」
里菜は掲示板の画面の更新ボタンをさもありげに押して、そう
呟
いて見せた。
画面には数件の新着発言が
掲載
されており、いずれも、
内蔵型
はマイクの感度が悪いから再開発中らしい、などのコメントばかりで、結局販売元の特定には
至
らなかった。
「
怖
えぇな、普通に売ってんだ、一応」
「
盗聴
したい側がね、電話かけるんだって、それで」
里菜が話し出すと敦司がそれを遮るように手を引いた。
「むこうでみんなで聞くから」
「あっ、ちょっ、」
手を引かれベッドから腰を浮かせてしまった
瞬間
、隠していた箱がぽとりと音を立てて床に着地した。それを見るや、敦司の動きが停止した。
「それって…」
「ごめんなさい、みちゃいましたぁ…」
なんともいえない空気の中、地味なトーンで、苦い会話が交わされた。けれど敦司がそのまま手を引くのを再開したので、里菜もなにも言えなくなってリビングへと戻った。
「売ってるところは、特定できなそう。でも、結構たくさんのとこで似たようなの売ってて、そんでね、
盗聴
したい人が電話かけたら自動で着信受けるから、遠いトコでも盗聴出来ちゃうんだって。」
里菜がさっき言いかけた説明をすると、茉莉と翔太朗が息を
呑
んだ。
「じゃあ、電源切っとけば心配いらねぇってことだな、要は」
敦司が二人の緊張を
解
くようににこりとして言った。うまく隠しているのか、それとももう琴璃のことは
既
にふっきれて過去の出来事になってしまっているのか、全く指輪の件の
動揺
を見せないでいる。里菜は盗聴器のことより指輪のことが気になって仕方なかった。
「忘れてた!」
茉莉が急に携帯を取り出し、操作し始めた。すぐにはぁー、と、大きく
落胆
の色をみせ、携帯の画面を三人に見せるように外に向けた。
--まつりやっぱ女と住んでるよ(−_−)
--
叩
きやめなよ!見苦しい
--証拠あるもーん★
--証拠って、ストーカーでもしたんでつか(ワラ
--キモヲタ!ハケーン
--しかも相手はエースさとな
--え?じゃあ茉莉さん色
同棲
とかしちゃう人なんですか?ショック(;−;)
--里菜はエースじゃなくて元エース。ソプあがって
養
ってもらってるよ〜
--里菜ってだれ?どうせ自作でしょ
--二年前くらいに通ってた伝説の子だよ、ドンペリ50本伝説。
「う、そ」
画面上で延々と続く話題は里菜との同棲話であった。
--てゆうか証拠って何?
--盗聴しました★
--げっ、キモ
--あんた頭おかしいね
--でも盗聴したの本当なら同棲も本当ってことだよね(T−T)
--satona,imakarakaeruyo,un,kuruma,n?denkyuune,ok!
--satona,denkyuukattekurunowasurechatta,gomenne,
--satona,nichiyounochiketto,toretayo,
--マジ?
粘着
キモいけど、本当っぽいね
--それでも茉莉さんカッコいいし大好き(o^−^o)
茉莉と里菜が今朝、交わした会話がそっくりそのまま書かれていた。帰宅前の定期連絡の電話の内容と、帰宅したときの会話の辺りを、しっかり盗聴されていたのだ。
指輪のことなど、里菜の頭は、もう
微塵
も考えられなかった。
第十二章 Vに続く
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