第八章 〜バースデー 上〜 |
「絶対
茉莉
に負けたくないんだ。ねぇ、200万くらい頼むよ、ハニー」
「じゃぁ、イベントの日まで毎日ウチに来てくれる?」
「俺を一人占めするなら1000万は覚悟してよ〜、でもちゃんとしてくれたらうんと可 愛がってあげるよ?」
緩やかなドレープをたくわえたカーテンが出入り口の半分程を
遮
っている個室状態の 席から、最近よくこんな会話が聞こえてくる。
如月 煌
。
臆面
もなく「趣味と
実益枕
」と自称する、恐いモノ無しの若手ホストである。
煌の少年のような瞳に真直ぐ見つめられ、猫撫で声で甘えられては、女の方はついつい、と、なってしまうのである。
煌は新規の客がつくと決まってこう言う。
「俺に使う前に自分に使ってごらん」
エステでも、コスメでも、整形でもいい。
俺が惚れたくなるような女になって、指先から髪の先まで女らしくなったら、ご褒美に抱いてあげると言うのである。
実際、綺麗になればより稼げるのである。
基本的にそういう世界なのだ。
色恋の駆け引きは面倒だ、俺はイイ女を抱きたいし、金が欲しい。
女の子達は普段相手にしてるようなオッサンじゃなくて、イイ男に抱かれたい。
相談成立だよね、というのが煌の考え方だ。
そういう営業のせいか、煌の客筋はさばさばしたもので、美人しか相手にしないと いわれる煌の客である事をステイタスにしている傾向さえある。
同じブランド好きが集うように、女同士の情報交換も盛んに行われている。
「あたし200使ったらバリ島連れてってくれるって言われたよ。旅費はあたし持ちだけどね。」
「うそ!?あたし150で沖縄って言われたけど、あたしも海外行きたいな、200頑張るべきかな?」
金額によってかわる「ご褒美」を事前に比較しあって、その中で自分が一番イイ思いをしたい、と言うのが女達の本音であるのは言うまでもない。
もともとあってないような金勘定、100万円で普通の扱いより、倍出して特別な待遇を受けれるのならそっちの方がイイというものである。
そんな煌と、茉莉が同じ月にバースデーイベントを行うのである。
茉莉にとってはホストになってこれが初めてのバースデー。当然、NO.1を狙っている。
しかし敵は「趣味と実益枕」の煌である。爆弾サイトの噂が落ちついてきたとはいえ、茉莉に煌程の太客はいないのである。客の数なら茉莉の方が上なのだが。
茉莉は
賭
に出ることにした。女達に転職を勧めるのである。
昼の勤めの販売員には夜の仕事を、水商売の女達にはヘルスはどうかと、そうして、個々の収入を上げて売り上げに協力してもらおうというものである。
これには、説得力と演技力を普段の数倍必要とする。大概、女達はその隣り合わせの仕事に多大なる偏見を持っている。
その偏見を上手に取り去らなければいけないのだから、失敗すれば女達は「
墜
とされる」と感じ、信用の回復ができなくなる、つまりもう通ってもらう事すらなくなるというリスクが伴う。
茉莉にはどうしてそんなに偏見があるのかがイマイチよくわからなかった。
金はあるに越したことはない、茉莉が営業の仕事よりホストを選んだ理由はより贅沢をしたいと思ったからに他ならない。
ホストクラブで使うかそうでないかは別として、自分が女だったら絶対ソープ嬢になっていたとさえ思っていた。自分さえ少し割り切れば、他の仕事ではまず得られないであろう収入が手に入るのだから。
しかしその「ホストクラブで使うかそうでないか」が、女達の割り切りの心理に多大な影響を与えているということに、全く気付けない茉莉であった。
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「だから、お酒も無理に飲まなくてイイし夜ちゃんと寝れるから、肌とか綺麗になるよ、絶対風俗の方が楽だって。」
「…、茉莉くんがそういう人だと思わなかったよ、友営でも大事な日だからピンドンくらいイイかなって思ってたのに、見損なったよ!」
案の定、爆弾サイトで叩かれて客足が遠のくような茉莉には、この方法は全く向いていなかった。
昼の仕事をしながらキャバクラに勤め出した女達が数人、しかしもともと水商売で安定して稼いでいるほうの女達が切れてしまったわけだから、差し引くとマイナスである。
しかもこの行動すら、爆弾サイトに話題を提供してしまったようなカタチになってしまったのだから、救いようがない。
--茉莉に風俗行けって言われたコいる?
--言われました...
--ワタシモイワレマシタガスデニナイショデソプデスガナニカ? デモホンメイホカニイルノデゴクホソデスガナニカ?
--やっぱり…
--オンスタは日本最大ホストクラブ公式サイトあげ
--てゆうか、みなさんバースデーいくらくらい使いますか?
--1000万!(ww
--細客なので白でせいいっぱい
--あーゆー事言うようになったんだね。茉莉もホストらしくなったよな。あたしはもう行かない。幻滅。
--アゲ
あいつは、どう思うだろう…
茉莉の
脳裏
に里菜が浮かぶ。
しかしイベント好きの上にもともと月に100万近く使う彼女のことだから、バースデーともなれば
奮発
してくれるに違いない、そうも思った。
だが生半可な額では煌には勝てない、茉莉は紅い唇を固く結び、携帯に手をかけた。
「めずらしいね、茉莉クンからドライブ誘ってくれるのなんてさ、ね。」
里菜は久しぶりの助手席の座り心地と湾岸の夜景に、上機嫌だった。
茉莉は、すう、と深く息を吸い、ハンドルを握り直して言葉を選びはじめた。
「ねえ、今、週に何日出勤だっけ?」
「5、か6だよ。店暇だから通しとかさ。なんで?」
「もっと、こうして逢う時間、作りたいんだよね、仕事、変える気ない?」
言った!と茉莉が横を向くと、フロントガラスを見つめたまま無言でいる里菜の姿。
「えっと、だからね、俺、可愛い女の子はもっと楽に稼げると思うんだよ、朝から晩まで何人も相手して大変じゃん、敦司さんのお客さんのソープの人、楽って言ってたし。」
しどろもどろにまくしたてていると、そうだね、と里菜が
呟
いた。
「え?」
「あたしも、そうしよーかなーって思ってたんだ、寝る暇も遊ぶ暇もなくなってたからね、最近。」
「そうか!じゃあ、こんど時間作って出掛けようね。」
茉莉はすっかり舞い上がっていた。
「そういえばこないだReve行ってきたんだよ、メト2の。そんで誕生日に夏女さん、あ、夏女 涼さん、わかる?来てくれるって。」
誕生日のイベントで煌とナンバー争いをすることなど、意気揚々と話し続け、始終里菜はそれをにこやかにうん、うんと聞いていた。
ドライブが終わりにさしかかった時、里菜がキスして、と
囁
いた。あまりそういう事を言わないほうの娘だけに、茉莉は少し驚いたが、これが初めてというわけでもないのですぐにそれに応じた。
「初仕事の日は、空けておいてね?」
「ん?うん、いいよ。」
茉莉はなんとなしに
頷
いた。
第八章〜バースデー 中〜へ続く
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