第八章 〜バースデー 下〜 |
茉莉と煌のイベントが終わり、月末がやってきた。
つまり締め日。
勝負は煌の方が400万もの大差をつけ圧倒的に勝っていた。もちろんNO.1である。
当たり前と言えばそうなのである。
同業者の来店もキャリアが上の煌の方が多いのが当たり前、太客が多いのも
枕
だから当たり前、なのである。
ここまで来ると仮に里菜がいたとして、いくら使ったとあっても、この差は到底埋まらない。
そうは思ってみてもやはりこれだけの差がついたとあっては、余りにも情けないというもの。 茉莉は自分の未熟さを痛感せずにはいられなかった。
「やっぱ難しいや…煌さん、すげーよな。」
「そう凹むなよ、ゲームは最後の最後までわからねぇもんだぜ。」
カウンターバーで夜景をぼんやり眺めていると、敦司がそう言って笑いながらコートを羽織りエレベーターホールへと向かっていった。
長身だけに、レザーのロングコートを
翻
す姿が
様
になっていた。
「生きてるだけでかっこいいって、ズルイよな…」
勝負をすっかり
諦
めた茉莉は、そうしてまたぼんやりと敦司の後ろ姿を眺めていたのだった。
「有り得ねーから!!」
携帯を何度も耳にあて中二階の廊下をつかつかと小走りしながら声を荒げているのは煌である。
客の一人と連絡がとれないのだ。
イベント日に300万を売り掛けにした女だった。ひと月程前に指名客になった少し謎めいた女で、煌の好みではなかったが金払いもよく、そこそこの容姿もしていたので煌が部屋に通うつもりだったのだが、実家だから、と逢う時は必ずホテルだった。
普段なら住所もわからないような素性の知れない客に高額の売り掛けなどしないものだが、煌は茉莉との勝負の為に少し焦って手を違えてしまったようだ。
「あ゛〜っ!んっっだってんだよっ!ヤり逃げじゃねーかよっっ!」
回収できなければ売り上げや順位にひびくだけでなく、バンスというかたちで煌の借金として扱われることになるのだから、煌にとってこれは本当に有り得ないこと、なのである。
「知り合って間もない女なんかあてにするからぁ。ま、上にいくためにはそれくらいのリスク覚悟で、っていう乱暴さもアリだと思うけどなっ。」
久しぶりに出勤してきたE・Sの貴嵜 健の卓にヘルプでついていた茉莉に、健が
呟
くように言った。
「あたしのことは信じてね?」
「もちろんっ、信じちゃう〜。」
茉莉はというと相変わらず指名客とべったりの健をぼんやり眺めていた。
本当に全くやる気がでないのだ。先程からぼんやりしっぱなしである。
「本当に、わからないモノなんだな」
茉莉は心の中で先程の敦司の言葉を思い出していた。
しかしだからといって茉莉が上位に立つわけではない。もう駒は出し尽くした。あと100万の差はどのみちかわりようがない、そう思った時だった。
「ドンペリ50本いただきましたぁ!」
店内の照明が落ち、コールのファンファーレと共にマイク越しの声が叫んだ。
ごじゅっぽん!?
誰もがが耳を疑うなか、メインフロアの一角がスポットライトに照らされた。
…新規客…!?ドラマ大好きの敦司さんの演出だな、と茉莉は思った。
「ハッピーバースデー!椿 茉莉王子カモーン!飲み直しで茉莉クンご指名〜っ!」
しかしバースデー用のコールで呼び出されたのは茉莉だった。
そこで席につくと見も知らない客から手渡されたのは一通の手紙。
優しい言葉で
綴
られていたが、決別の手紙だった。
里菜からだった。
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茉莉クンへ
きみと喧嘩しちゃってからいろんなコト、思い出しているよ。
初回でトレゾア行って、凄い綺麗でおっきなお店だなって思ったんだ。
きみはまだ入ったばっかりで、あたし自分が風嬢だって隠さなかったから幹部とかいっぱいついてさ、きみはお酒つくってばっかだったよね。
でもさ、お店から出てね、一番最初にメールくれたのがきみだったんだ。
なんか、たったそれだけなんだけどさ、ってゆーか、きっとね、他の人が先でも、関係なかったのかも。
きみをはじめてみた時に、好きになっちゃうかも、って思ったような気がするんだ。
いつからきみを好きになってたのかが、思い出せないんだけど、きっと最初からそうだったのかなって。
あたしの誕生日にドライブしてくれたよね。
お寺の坂道があんまり急で、あたしがヒールのせいで歩きづらそうにしていたら、きみが抱きかかえてくれたんだよ、覚えてる?
あれにはびっくりしたなぁ…
帰る直前、はじめてキスをしてくれたんだよね…
最高のプレゼントだったよ。
でもそれも全部思い出にするよ。
仕事変えてからはどうしてもきみに対して贅沢になっちゃって、あたしがこんだけ頑張ってるのに、って思うようになっちゃったんだ。
いくら売り上げになったって、これじゃ嫌われて当然だよね。
ほんとうにごめんね。
誕生日、おめでと。
あたしはもう会わす顔ないからさ、友達に行ってもらう事にしたよ。
結局半月も働かないで辞めちゃったからたいして稼いでないけど、他に使い道ないし。
あたしの誕生日のお礼だからね、喜んでくれるといいな。
これからも、がんばってね。
ほんとうに、ほんとうにごめんなさい。
それから、ほんとうにほんとうにほんとうに、楽しかったよ、ありがとう。
さようなら
里菜
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「このお金、なんでもいいから全額使いきって来てって言われたの。…わかる?里菜が抱かれた客の数だよ。これで一生忘れられないでしょ。里菜が許してもあたしはあんたを許さないから。」
重い空気をよそに店じゅうにドンペリがふるまわれ、
最高潮
の盛り上がりを見せて勝負は茉莉の圧勝で幕を閉じた。
「でもNo.1は俺だぜっ。バースデーだからって優しくなんかしねーから」
最後の最後に、二人へ、と敦司の客が閉店間際に次々とシャンパンラッシュを繰り広げ、茉莉の売り上げをあっという間に越してしまったのである。
「敦司さん、手加減ないんだから…」
ゲームは最後の最後までわからねぇもんだぜ…
茉莉は里菜からの手紙を握りしめながら敦司の言葉を心の中で何度も
反芻
してみた。
ゲームじゃないけど、これで最後じゃないんだ、里菜に電話しよう…茉莉は騒がしい店内を抜け出した。
しかし何度かけても出ないのである。呼び出し音が
耳障
りに聞こえるだけだった…
いままでにない
喪失感
が茉莉の中に広がっていった。
手紙を読み返し、紅く
艶
やかな唇を人差し指でそっとなぞると、はじめてキスをした時の里菜の驚いたような顔と、最後にキスした時の少し寂しそうな顔が浮かんで、消えた…
第八章終り
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